透析を受けながら活躍する人々

掲載:2022年 vol.42

縄中 留美さん

これまで、病気のために諦めなくてはならないこともあった中でも、「もともと楽観的な方なので、何事も前向きにとらえ、 その時々にできることを精一杯楽しむようにしています」と話す縄中さん。今後の夢や目標について、 「今まで支えてくれた家族を、これからは私が支えていきたいです」。コロナ禍が治まったら、家族と旅行に行ったり 趣味の茶道や佐賀錦の作品づくりをしたり、新しいことにも挑戦したいそうです。

同じ患者として共感し正しい知識を伝えることで、笑顔の輪を広げたい。

特定非営利活動法人 佐賀県腎臓病協議会
理事・事務局長

縄中 留美 さん

1969年、佐賀県佐賀市出身。中学2年生の時にIgA腎症と診断される。塩分摂取や激しい運動に注意しながらの生活を送る。高校卒業後、英語を学ぶためにオーストラリアのシドニーへ留学。帰国後は地元の製造会社へ就職するが腎臓の悪化により1年ほどで退職。会社で知り合ったご主人とその半年後に結婚。英語のサークルで子どもたちに英語を教えるも3年ほどで体調不良により辞職。28歳で血液透析を導入。10年後、在宅血液透析を開始。2019年、献腎移植を受ける。20年前より佐賀県腎臓病協議会の事務局で患者会の中心となって活動を続けている。

28歳で血液透析導入、50歳で腎移植。 支えてくれた方々に深く感謝しています。

 私は小さいころから風邪をひきやすく、扁桃腺が腫れることも多かったようです。中学2年の時に学校検尿で再検査になり、慢性腎炎(IgA腎症)と診断されました。しかし特に治療法もなく、毎月の検査に通うことと、生活面では塩分摂取や激しい運動を控えるように言われながらも普通に学生生活を過ごしました。

 高校卒業後、オーストラリアのシドニーへ2年間留学し、ビジネス専門学校に通いました。帰国後は佐賀県内の半導体製造会社に就職。外国からの研修生の通訳などが主な仕事でした。1年を過ぎた頃、腎臓の悪化による高血圧のため、退職し養生することにしました。会社で知り合った主人とその後結婚し、体調が回復してきた頃、学生時代にお世話になっていた英語サークルから声をかけていただき、子どもたちに英語の歌や物語を通して外国の人との交流やさまざまな体験をさせてあげるような活動をしていました。ところが、楽しくて頑張り過ぎたのでしょうか、3年目に突然目が見えにくくなり病院へ行くと、高血圧性網膜症ということで緊急入院になりました。その時に2度目の腎生検をし、先生からは、5年後ぐらいに透析導入になるだろうと言われました。ステロイド治療も考えましたが、仕事をやめ、引き続き血圧の治療のみを続けることにしました。

―腎移植の時は、早朝に大学病院から電話があり、移植の意思の確認や説明があったという。

腎移植の時は、早朝に大学病院から電話があり、移植の意思の確認や説明があったという。「不安もありましたが、いただいたチャンスを大事にしようと思いました」と縄中さん。「手術後、腎臓への血流はあったのですが2週間尿が出なくて、透析をしながら待ちました。順調に生着してくれて、ほっとしました。提供していただいた腎臓は私の宝物です。腎臓をいたわって少しでも長く保っていくことで、ドナーさんへの恩返しができるといいなと思います」とほほ笑む。

 それから4年後の1997年、主人の東京転勤のため、私も一緒に千葉県へ引っ越しましたが、その頃クレアチニンの数値も高くなってきていて、千葉県の病院では腹膜透析の準備を勧められました。透析導入の決断ができないまま、年末に帰郷した際、もとの病院へ相談に行ったところ、重度の貧血もあって緊急入院、その日から大腿静脈にカテーテルを入れての透析導入となりました。

 退院後は、自宅近くの病院へ週3回4時間の血液透析に通いました。透析にも慣れてきて患者会の活動に参加したり多くの患者さんと交流をする中で、在宅血液透析(HHD)に興味を持つようになりました。そして当時九州で初めてHHDトレーニングセンターを作られた福岡県の先生とのご縁や、透析施設の先生のご協力もあり、2008年にHHDを始めることができました。同居している母に介助者をしてもらい、HHDで頻回(週5回)の透析をしていたことで、体調もとても良くなり、合併症もなく過ごせていたことはとても有難いことでした。

 HHDも11年目に入っていた2019年のある日、大学病院から「献腎移植レシピエントの候補にあがっています」と連絡がありました。当然ながら突然のことで驚きましたが、体調に問題もなく、周りの協力もあり、これが私に与えられたチャンスなら、と有難く手術を受けることを決めました。おかげさまで無事に生着してくれて、毎日、いただいた腎臓に感謝しています。普通の生活ができる幸せとともに、話に聞いていた「移植したら頭のモヤがスッキリする」という不思議な当たり前の感覚にも驚いています。免疫抑制剤を服用しているので感染症などの予防には充分に心がけていますが、透析に費やす時間がなくなった分、趣味で長年続けていた茶道や伝統工芸の佐賀錦を織る時間が増えたり、家族や愛犬と一緒にいられる時間が増えたことは、とても貴重なことに思えます。

 佐賀県腎臓病協議会の事務局では、いろいろな相談を受けることもあります。同じ患者として悩みを共有したり、自分の体験をお話しすることで、少しでも安心して笑顔になっていただけるとうれしく思います。患者のみなさんにとって有益な最新の正しい情報を伝えること、そしてお互いに情報交換や交流をしてQOL(生活の質)を高めていただけるのが患者会だと思っていますので、ぜひ多くのみなさんに患者会を利用していただきたいと思います。