
貧血の症状は自覚しにくい
腎臓は血液をろ過して尿をつくる以外にも、たくさんの仕事をしています。そのひとつが「エリスロポエチン(EPO)」の産生です。EPOは造血ホルモンと呼ばれ、骨髄に対して「赤血球をつくって」という指令を出します。腎臓が悪くなるとEPOの量が減るため、貧血が起こりやすくなります。
貧血は赤血球に含まれるヘモグロビンが不足している状態です。腎臓病が原因の「腎性貧血」のほか、骨髄の病気で正常な血球がつくられない「再生不良性貧血」、血球が過剰に壊される「溶血性貧血」、女性に多い「鉄欠乏性貧血」など貧血には色々な種類があり、出血によっても起こります。出血時にふらついたり、めまいがしたりするのは、酸素を運ぶための赤血球が一気に失われるためです。
一方で、人間には適応力が備わっていますので、長い年月をかけて少しずつ赤血球が減っていった場合、症状として自覚されないこともあります。慢性腎臓病の患者さんでは、赤血球が少ない状態に体が適応していることが多く、腎性貧血は自覚症状が出にくいのが特徴です。特に透析患者さんは活動量が少ないため、息切れすることもなく、だるくても疲れているせいだと思いがちです。しかし、貧血を放置すると全身の機能が低下し、サルコペニア(※1)やフレイル(※2)に陥りやすくなります。
※1 加齢や病気によって筋肉量や筋力が減少し、身体機能が低下すること。
※2 サルコペニアなどを経て生活機能が全体的に低下した状態。

診察時に患者さんとよく雑談をするという小林先生。何気ない会話から、患者さんの人生の目標や希望を探っているそうです。「話すことで少しでも前向きな気持ちになってもらいたい。スタッフにも、患者さん一人ひとりの人生を理解することが大切だと言っています」。透析は新しい人生の始まり。透析ライフを楽しめるよう、メンタルケアの重要性を語ってくださいました。
酸素不足は心臓の負担に
透析は腎代替療法のひとつですが、腎臓の働きをすべてカバーできるわけではありません。だからお薬を併用して、体内の物質をコントロールしています。血液透析の場合、貧血のお薬は透析回路から投与することがあるため、負担感はないでしょう。とはいえ、何も症状がないのにお薬を投与されるのは抵抗があるかもしれません。でも、考えてみてください。たとえ症状がなくても、酸素が足りない状況は血中のヘモグロビン値を見れば明らか。透析患者さんでは基準値より1~2割以上低い方が少なくありません。それだけ酸素が不足しているということです。
全身に血液を送り出す心臓は、酸素が足りない状態に適応して、ギリギリまでがんばろうとします。そのため、貧血の症状がないまま心不全に陥ることも珍しくありません。ただでさえ血管が硬くなり、負担がかかっているところに酸素不足ですから、心臓のダメージは大きいでしょう。大切な心臓を守るためにも、貧血を改善する必要があるのです。
そこで重要になってくるのが透析です。透析によって残された腎機能をできる限り保護することで、お薬の量を減らせる可能性があります。
たくさん食べてしっかり透析を
透析患者さんに貧血が多い理由は、厳しい食事制限にもあるでしょう。赤血球をつくるにはたんぱく質と鉄が必要ですが、肉や魚にはリンも含まれるため、「できるだけ減らさなければ」と思っているかもしれません。でも、必要な栄養素が不足すると、貧血になるだけでなく、アルブミン値も下がってきます。アルブミンは血中でもっとも多いたんぱく質で、栄養状態の指標です。
栄養状態が悪化すると、サルコペニアやフレイルにつながります。それを防ぐには、たくさん食べて栄養を補うしかありません。リンなどの増えすぎて困るものは、透析で取り除けば良い。そのために透析があるのです。
だから私は患者さんに、「たくさん食べてしっかり透析してください。そして体が軽くなったら動いてください」といつも言っています。体を構成する成分はそうやって入れ替わっていて、そのサイクルがうまく回れば、精神的にも良い影響があるからです。
大切なのは人生を楽しむこと
あまり知られていませんが、透析患者さんはストレスなどから自律神経のバランスが乱れがちです。自律神経は体のさまざまな機能を調節しており、感情や免疫とも深く関わっています。
例えば、心地良いと感じると、体がリラックスして血圧や脈拍が低下します。この時、感情を司る脳の扁桃体という部分が刺激され、ある種の神経伝達物質やホルモンの分泌が増加。これが自律神経に働きかけて体をリラックスさせることで、免疫細胞が活性化します。つまり、脳が心地良いと感じれば、免疫力がアップするのです。
反対に不安や悩みがあると、体がこわばり、血圧も上がってしまいます。ストレスが良くないとわかっていても、透析患者さんの中には、将来を悲観的に考えてしまう方もいるでしょう。中でも一番辛いのは透析を導入する直前ではないでしょうか。さまざまな透析療法の中から自分に合うものを選び、生活の一部になれば、好きなものを食べて動けるようになり、少しずつ心と体が楽になっていくでしょう。
「透析ライフ」という言葉があるように、透析によって新しい人生が始まります。そう考えると心が軽くなり、全身に良い影響があらわれます。透析をしながら長生きする秘訣は「人生を楽しむ」こと。だから、透析患者さんには、おいしく食べてきちんと透析して、できるだけ外に出て活発に動いてほしいと思います。
お話を伺った先生

湘南鎌倉総合病院
院長代行
腎臓病総合医療センター長
小林 修三 先生
医学博士。横浜市立大学医学部客員教授、タンザニア国立ドドマ大学医学部客員教授を兼任。アフリカ諸国で透析医療を指導し、タンザニアでは初の腎移植を成功に導かれました。