透析を受けながら活躍する人々

掲載:2021年 vol.40

遠藤 昭平さん

遠藤さんがデザインして作ったTシャツを着て。胸元には「NO DIALYSIS, NO LIFE(透析なくして人生なし)」の文字が。
「つらい思いをして落ちこんだこともありました。だからこそ、今は人を笑顔にしたいです。
たくさんの人に支えてもらってきたから、少しでも社会に恩返しがしたいです」。

「好きだ」と思うことを続けられる今が、とても幸せ。
生かされていることに、心から感謝しています。

遠藤 昭平 さん

出張コーヒー販売 「ほぼ’sカフェ」オーナー

遠藤 昭平さん

1987年、青森県十和田市生まれ。高校卒業後、上京して大手製パン会社へ就職。横浜の工場で4年間勤務。もともとのお笑い好きが高じて、NSC(吉本総合芸能学院)へ入学。1年後に卒業すると、舞台での活動を始める。芸人の仕事と同時にさまざまなアルバイトも経験。アルバイト先の健康診断でCKDのステージ4と診断されたことをきっかけに、それまでの仕事をすべてやめてアパレルメーカーに転職し、保存期の治療を始める。半年後、悪寒やむくみなど体調の悪化を感じて再入院。血液透析を導入する。退院後にコーヒーを提供する仕事に出合い、さまざまな店や独学でも知識や技術を吸収しながら、現在は国立のコワーキングスペースをはじめ、全国のイベントにも出張してドリップサービスを行っている。

お笑い芸人として活動中、健康診断で慢性腎臓病と診断。

 私は青森県の十和田市で生まれ育ち、高校卒業とともに上京しました。最初は大手製パン会社で、4年間勤めました。もともとテレビっ子でお笑いも好きだったので、その頃は休日になると都内の劇場に足を運んで、お笑いライブを熱心に観ていました。そうするうちに自分でも挑戦したくなって、NSC(吉本総合芸能学院)に入学。1年後に卒業すると、コンビや個人(ピン)としても舞台に立つようになりました。しかし若い芸人の常とも言えますが、舞台だけでは収入が足りません。いろんなアルバイトをしました。飲食店のほか、高速道路の補修工事もやっていて、そこで年に一度の健康診断を受けたんです。すると上の血圧(収縮時血圧)が180もあって。急遽大学病院で詳しく検査してもらうと、慢性腎不全のステージ4と診断されました。事の重大さとは逆に、私は状況がよく飲み込めなくて、「すぐに入院です」という先生に、その夜出演する予定のライブに行きたいとお願いして帰してもらいました。思えば以前から尿に泡が目立ったり、息苦しく感じることもありました。でもまさかそれほど深刻な状態だとは思わなくて。

 その後改めて入院し、IgA腎症という指定難病だとわかりました。検査中、ずっと泣いていましたね。ようやく落ち着いて、家族に電話で伝えるんですけど、母の声を聞きながらまた泣けてきて。「もう人生終わったんだ」とつらくて仕方なかったです。

 それから約2週間、病院で過ごす間に治療と食事指導を受け、90キロあった体重はみるみる7~8キロ減りました。私はもともと腎臓が弱かったのかもしれませんが、おそらく生活習慣が良くなかったことで腎臓により負担をかけていたのだと自覚しました。退院後、元の生活に戻ってはいけないと思い、8年続けていたお笑いをやめると決めました。そして、アパレルの営業職に転職しました。

遠藤 昭平さん

退院後に通った十和田の喫茶店のマスターに憧れて、コーヒーを新しい仕事にすると決めた遠藤さん。「30代は修行期間。40歳で自分の店を持つのが夢です」。

半年の保存期を経て、血液透析を導入。今は新しい夢の実現にまい進中。

 保存期を過ごす中で、食生活には特に注意していました。でも、営業職なので外食も多いし、会社内でのお付き合いもあります。退院時には医師から「透析の導入を避けられるかもしれない」と聞いてがんばっていましたが、半年で悪寒や尿毒症によるひどいむくみがあらわれて再入院しました。心臓にもだいぶ負担がかかっていたようで、まだシャントを作っていなかった私は、首の血管から緊急透析を始めました。腹膜透析や移植についても教えてもらいましたが、血液透析を選び、今は週2回6時間、週1回8時間のオーバーナイト透析をしています。

 営業の仕事を続けるのも難しくなり、退職しました。しばらく自宅で療養するつもりでいたところ、家族が「一度帰ってきてゆっくりしたら」と声をかけてくれました。故郷の十和田へ帰り、近くの喫茶店に行ったらそこのマスターがコーヒーを淹れる姿がかっこよくて。私もコーヒーが好きだったので「これだ」と思い、すぐに東京へ帰って勉強し、コーヒーの出張販売(ドリップサービス)を始めました。今は国立のコワーキングスペースの他、日本中のイベントへの出張もしています。透析をしながらなので時間がかかりますが、将来は自分のお店を持ちたいと思っています。

 たくさんの人と出会い、さまざまな経験を通して見つけたこの仕事で夢もできました。シンプルに「好きだ」と思うことを続けられる今が、とても楽しく幸せです。そして生かされていることに心から感謝しています。