
「透析とは何?」「どんな治療をするの?」「普段注意が必要なことは?」。
透析患者さんやこれから透析を始める方は、さまざまな疑問や不安を感じることがあるでしょう。
そこでより良い透析生活を支えるために、治療や気を付けたい症状、食事、運動など、透析に関する知識をドクターに学びます。
透析患者さんの骨折予防
東京女子医科大学東医療センター
大前 清嗣 先生
透析患者さんには骨折が多いと言われます。特に高齢の患者さんにとって骨折は寝たきりになるリスクも高く、日常生活に大きな影響を与えます。透析患者さんはなぜ骨折しやすいの?どうすれば予防できるのか?など、大前清嗣先生に詳しく教えていただきました。

透析患者さんの骨折リスクは一般の4倍以上
― 透析患者さんは骨折しやすいと聞きますが、本当ですか?
はい。透析患者さんの大腿骨頸部骨折の発症率は、海外のデータでは一般の方の約4倍。4年以上透析をされている患者さんでは、男性は9.8倍、女性は8.1倍になります*1。我が国のデータでは男性は6.2倍、女性は4.9倍*2。骨粗しょう症は閉経後の女性に多いことが知られていますが、透析患者さんでは男性の骨折も少なくありません。特に大腿骨の骨折はそのまま寝たきりになるリスクがあります。骨折自体は手術ができれば治療できるのですが、透析患者さんでは心臓の病気を合併しているなど、体調によって手術ができないことがあるからです。
骨折が起こりやすい原因
― 透析患者さんではどのような方が骨折しやすいのですか?
骨折の多くは転倒が直接的な原因です。転倒のリスクが高いのは、主に糖尿病で神経障害や視覚障害の合併症がある方と、運動不足や栄養不足で「サルコペニア(筋肉減少症)」になっている方です。糖尿病性腎症が原因で透析になった方、運動習慣のない方は総じてリスクが高いと言えます。また、睡眠薬を服用している方は、副作用として夜間や日中にふらつきが生じて転倒することがあります。
― 腎機能の低下は骨の健康にも影響するのでしょうか。
閉経後の女性は、もともと骨量(=骨に含まれるカルシウムなどのミネラル量)が少ないため骨がもろくなりやすいのですが、透析患者さんの場合、骨量はあっても骨がもろいことがあります。
一般的に、骨はカルシウムが抜けて骨が破壊される骨吸収と、重力のかかるところに骨が造られて強くなる骨形成の過程が繰り返され、常に再構築が行われています。しかし、糖尿病性腎症の方は骨の再構築のスピード(代謝回転)が非常に遅くなることが多く、骨がチョークのようにもろくなってしまうのです。一方、低栄養の場合は骨を造るのに必要なコラーゲンが不足しますし、寝たきりなど、横になっている時間が長い方では骨に重力がかからないため骨量が減ってしまいます。
さらに、透析患者さんは血液中のビタミンD3が不足しやすいことも影響します。ビタミンD3は腎臓と肝臓で「活性型ビタミンD3」に作り替えられ、腸からのカルシウム、リンの吸収を促して骨量を増やしたり、筋肉を強化して歩行を安定させたりします。しかし、腎機能の低下によりそれが不足すると、血液中のカルシウムが減少し、この刺激が「副甲状腺ホルモン(PTH)」の産生を増加させます。また腎機能の低下はリンの排泄を減少させますが、血液中のリンの増加も副甲状腺ホルモンの産生を刺激します。副甲状腺ホルモンは適度に分泌されていれば骨の代謝回転はスムーズになりますが、過剰になると回転が速くなりすぎて骨量が減ってしまうのです。

骨の健康を守る「検査」と「薬物治療」
― 透析患者さんの骨折リスクはどうやって調べるのですか?
一般的な骨密度検査のほか、年に2回程度の血液検査で、骨形成マーカー、副甲状腺ホルモン値など骨の代謝回転の状態を調べて判断します。
― リスクが高いと診断された場合は?
一般の骨粗しょう症と同様、お薬による治療を行います。大きく分けて ①ビタミンD3とその誘導体、②骨量を増加させる薬、③副甲状腺ホルモンの分泌を抑える薬、④副甲状腺ホルモン作用をもつ薬(骨の代謝回転が低い方用)と4タイプの薬があります。
日常生活でできる骨折予防のポイント
― 骨折予防のために、患者さんが日常生活でできることはありますか?
まず、血中リン値を上げないよう食生活に注意することが大切です。リン値を適正に保つことは骨の健康のみならず、心臓病などの予防にもなります。とはいえ、栄養不足でサルコペニアになってしまってはいけませんので、リン吸着薬を処方されている方はきちんとのみながら、食事をしっかり摂るようにして下さい。
次に、転倒予防のために、筋力を維持・向上させるエクササイズを行うとよいでしょう。股関節周囲やひざ周囲の筋肉が少ないと歩行の安定が失われ、骨折しやすいことがわかっています。いすに座ったまま、太ももの上げ下ろしを左右それぞれ10回。蹴り上げるようにひざ関節を曲げ伸ばす運動を左右それぞれ10回。これを1カ月間、朝夕行うだけでもひざ周辺の筋肉がつきます。歩けるようになってもさらに継続することで、筋肉量が増えて歩行がより安定します。
なお、介護用品として販売されている「ヒッププロテクター」を装着することは、転倒してしまった場合の骨折予防対策になります。

患者さんへのメッセージ
現在は透析治療も進歩しており、骨折予防のお薬も多くの種類が用意されています。その一方で、高齢で透析導入される患者さんが増えており、筋力が低下している方も少なくありません。近年、透析中のリハビリテーションなど、患者さんの筋力低下に対する治療も積極的に行われるようになりましたが、日常生活で運動習慣をもつことが大切です。今回ご紹介したエクササイズは10分程度ですのでぜひ毎日続けて骨折予防に努めて下さい。透析を受けながらも生き生きと活動できるように、私たちもできる限りのお手伝いをしていきます。
*1 Alem AM, et al. Kidney Int 58:396-9,2000
*2 M.Wakasugi, et al. JBMM 31, 315-321, 2013

お話を伺った先生
東京女子医科大学東医療センター
大前 清嗣 先生
[ 病院のご紹介 ]
病院名 | 東京女子医科大学東医療センター |
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所在地 | 東京都荒川区西尾久2-1-10 TEL.03-3810-1111(代表) |
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