
2020年 vol.39 掲載
Message
今年は、コロナ騒動で透析をされていらっしゃる患者さんにおいては、日々ヒヤヒヤしながら過ごされていることと思います。
今のところ私の周りでは、透析患者さんの感染は聞いておりません。これは、患者さんはもちろんのこと、日々透析医療に従事されているスタッフの皆様方の並々ならぬ感染防御対策の結果と考えます。
「3密(密閉・密集・密接)を防ごう!」をキャッチフレーズに手洗いや消毒をこまめに心掛けた生活を送られていることでしょう。
でも、感染予防には、自身の栄養状態が良くないと容易に感染して重症化してしまいます。そのためには、食事療法は重要です。肉や魚・卵・大豆製品などたんぱく質を多く含む食品は必ず意識して三度の食事に盛り込みましょう。そして、最も重要なことはエネルギーを十分摂取することです。エネルギーが不足するとどんどん体力は低下してあっという間に低栄養状態に陥りますので、主食は必ず100g以上/回は食べるようにしましょう。ただし、食欲がないからと言って味の濃いものは要注意です。香辛料や薬味をうまく活用して塩分を控える努力は重要ですね!
不足しがちな栄養素を補い、低栄養を防ぐ「補食」。
人は本来、三食の食事で栄養を摂取するのが理想的です。しかしさまざまな理由によってそれが難しい場合、足りない栄養を補う必要があります。こうした、本来摂るべき栄養を補う食べ物のことを「補食」と言います。
透析患者さんの場合、補食を必要とする方が多く見られます。理由の一つは、透析によって老廃物が除去されるのと同時に、ビタミンやアミノ酸などの必要な栄養素も失われてしまうからです。他に、カルニチンやマグネシウムなども不足してしまうと言われています。もう一つの理由は、特に血液透析をしている患者さんの場合、透析が終わって自宅へ帰る時間が中途半端になり、食事を省いてしまうことが挙げられます。また食べたとしても、手軽に済ませるためにごはんと缶詰だけのような、大変偏った内容になる方もいらっしゃいます。食事を抜いたり偏った内容になると、その分栄養が不足してしまいます。

こうして食事から必要なエネルギーや栄養素が摂取できない状態が長期間続くと、もともと体内にあるたんぱく質や脂質などがエネルギー源として使われるようになり、体重はもちろん筋肉も減少していきます。すると、フレイルやサルコペニア※の予備軍になる恐れがあるのです。低栄養による体力の低下を防ぎ元気に過ごすためにも、毎日の食事で栄養が不足しがちな場合は、上手に補食を取り入れることが重要です。
※サルコペニアとは、加齢や病気によって筋肉量や筋力、身体機能が低下すること。フレイルとは、サルコペニアなどを経て生活機能が全般的に低下した状態をいいます。
栄養・水分の摂り過ぎにも注意。一人ひとりに合った栄養管理を。
足りないエネルギーや栄養を補うために重要な補食ですが、一方で注意も必要です。その1つが、「栄養の摂りすぎ」です。サプリメントの場合は、足りない栄養素だけを補うことができますが、食品に含まれる栄養素は単一ではないため、目的以外の成分が過剰になることがあります。例えば卵は良質なたんぱく質を含む食品の代表格ですが、たんぱく質を補給するためでも食べる量に配慮しなければ、リンや脂質の摂りすぎにつながります。
また、偏った食事をしている方に多いのですが、「自分は食事はきちんとできている」と思われていることです。そのような患者さんの中に低栄養状態になっている方が少なくありません。特に高齢の方は唾液の分泌が少ないため、口当たりの良いもの(水分量が多く、飲み込みやすいもの)を好まれる傾向があります。お腹は満たされますが、量の割にはカロリーや栄養素が足りず、水分過多で体重が増えてしまうこともあります。透析患者さんはドライウェイト(体内の適正な水分量)のコントロールが重要なため、知らないうちに水分を摂りすぎていないか配慮しましょう。なお低栄養の患者さんの場合、急に高カロリー・高たんぱくの栄養補給を行うと、体内で代謝や排せつなどがうまく行われず、肝臓に急激な負担をかけて一時的な肝機能障害を起こすことがあります。段階的な栄養補給が重要です。
補食は、それぞれの患者さんの栄養状態に合わせて取り入れます。透析患者さんの場合、血液検査や体重測定の結果によって医師や看護師、栄養士から指導を受けることが多いでしょう。患者さんも、もし食環境が変わることがあれば、普段の会話の中でも医療者に伝えておくと、よりスムーズに食事のアドバイスを受けることができるでしょう。

透析患者さんの場合、保存期から栄養管理のアドバイスをすることが多いという市川先生。食事の傾向はもちろん家族構成まで、患者さんを取り巻く環境を把握して、一人ひとりに合った栄養指導をされています。「患者さんと何でも話し合える関係づくりが第一歩」と話す市川先生には、患者さんやご家族から篤い信頼が寄せられます。
運動後や透析の後半以降に、手軽に食べられる高栄養食品を。

透析患者さんにおすすめする補食は、1回の量が約100~150グラムで、エネルギー/水分量は1~1.5kcal/gが適正量です。簡単で食べやすく、高栄養な食品がおすすめです。例えばアイスクリームや焼き菓子、ムース、高カロリー流動食、プリン、ゼリーなどが適しています。
食べるタイミングは、運動の直後がおすすめです。筋肉の合成に関わるたんぱく質の中に「ロイシン」というアミノ酸の一種があり、特に運動直後にロイシンを含む食品を食べることで、効率よく筋肉合成が行われることが最近の研究で分かってきました。特に卵や牛乳、赤身の魚、牛肉や鶏肉などに良質のロイシンが含まれています。
また、透析時間の後半や透析後に食べるのも良いでしょう。最近は透析中に軽い運動をする方も増えてきたため、消費したエネルギーや透析によって不足した栄養を補う点でもおすすめです。
ただ、透析中や透析後の補食は、「分量」に注意が必要です。たくさんの量を食べると、消化するために胃に血液が集まってしまい、血圧が低くなる場合があります。一般的に透析時間が終了に近づくと血圧が下がりやすくなりますが、これに加え補食によってさらに血圧が下がるため、透析中の方はそのまま透析を続けるのが難しくなることもあります。やはり100~150グラムの分量(小さめのヨーグルトカップ1杯)が適正でしょう。
栄養素を補うだけであれば、サプリメントや点滴でも可能です。しかし、毎日の生活でおいしく食べることは楽しみであり、そのために旬の食材を選んだり工夫を凝らしながら調理をするのは私たちの文化でもあります。より良い透析治療を長く続けていくためにも、ご自身の栄養状態を知り、上手に補食を取り入れてみてください。




お話を伺った先生
川崎医療福祉大学 医療技術学部 臨床栄養学科 特任准教授
市川 和子 先生
腎臓疾患の患者さんや透析をされている方を中心に、栄養指導を実施。チーム医療の一員として、栄養面から患者さんをサポートされています。臨床透析や栄養ケアに関する著書も多数。