第2回 前立腺がん患者さんのQOLを考える座談会

QOL向上のために患者さんと医療者のコミュニケーションを深めるには、どのような取り組みが必要か


開催日2020年11月30日(月)

場 所オンライン開催

「前立腺がん患者さんの生活の質(Quality of Life:QOL)を考える座談会」は、前立腺がん治療に携わる方々が患者さんと医療者のコミュニケーション向上について議論する場で、第1回目は2019年11月に開催されました。その会では「納得いく治療選択のために何ができるか、何をすべきか」をテーマに意見が交わされ、患者さんと医療者のコミュニケーションの重要性や課題などが浮き彫りになりました。

一方、第1回開催から約1年間で新型コロナウイルス感染症の世界的流行という未曾有の出来事の中、医療を取り巻く環境は大きく変わろうとしています。コミュニケーションのあり方が問われる今の時代、自らの想いを伝え、相手の想いに耳を傾ける双方の歩み寄りが欠かせません。そこで本座談会では「QOL向上のために患者さんと医療者のコミュニケーションを深めるには、どのような取り組みが必要か」をテーマに、患者さんと医療者のコミュニケーションギャップやそれを解消するための手段や取り組みについて意見を交しました。

本レポートでは、学術的な知見や実臨床でのコミュニケーション事例、患者さん自身の経験談など、円滑なコミュニケーションや診療時に利用する問診票などの検討に向けた一助となることを目的として、座談会の内容をご紹介します。

参加者*(50音順) ※所属および役職は本座談会開催時

独立行政法人 地域医療機能推進機構(JCHO)東京新宿メディカルセンター
副院長・泌尿器科 部長
赤倉 功一郎 先生

前立腺がん患者会 PSA北海道 代表
齋藤 浩哉

佐藤威文前立腺クリニック 院長
佐藤 威文 先生

NPO法人 腺友倶楽部 理事長
武内 務

京都大学大学院医学研究科 社会健康医学系専攻 健康情報学 非常勤講師
QOL/PRO研究会 代表世話人
宮崎 貴久子 先生

バイエル薬品株式会社 マーケットアクセス本部 オンコロジー領域アドボカシー
渡邉 悠子

前立腺がん患者さんと主治医の関係には、日本特有の診療体制も影響

 前立腺がん患者さんの病気や治療に対する認識・理解度には差があり、医療者からの情報提供やサポートを得たいといった個々の患者さんのニーズが十分に満たされていない・・・ これは、日本を含むアジア太平洋地域5ヵ国の前立腺がん患者さん150名の意識調査1)からわかったことです。

 この意識調査を踏まえた本座談会での意見をまとめます( 表1)。日本人の前立腺がん患者さんの特筆すべき点として、治療の意思決定を主治医に委ねる傾向がありました。その背景には、海外では病気の進行に応じて、外科医、内科医と主治医が交代することが多いのに対して、日本では一人の泌尿器科医が前立腺がんの診断から治療、終末期に至るまで関わることが多く、パターナリズム*に傾倒しやすいことがあると考えられます。つまり、患者さん自身にとって唯一の主治医との信頼関係を維持するために自身の想いを伝えることをためらってしまう可能性が示唆されます。

 一人の医師が患者さんの生涯を通して関わることができる点は良い側面でもあるので、腫瘍内科医が少ない日本では、患者さんと主治医のコミュニケーションをさらに向上させることが必要です。

*父権主義。医師が中心となって患者さんの治療の意思決定を行うこと。

表1日本人の前立腺がん患者さんの意識:傾向とその背景

意識の傾向
  • 自分の病気や治療に関する認知・理解が不十分である
  • 治療の意思決定を主治医に委ねる傾向があり、治療の意思決定プロセスに関与しているという実感に乏しい
  • 主治医に対して自分の想いを口にしない患者さんが多い
考えられる背景
  • 前立腺がんは5大がんに含まれていないこともあり、疾患そのものに対する認知度が低い
  • 日本では腫瘍内科医の数が少なく、一人の泌尿器科医が前立腺がんの診断から手術や薬物療法などの治療、場合によっては看取りまで行うこともあり、パターナリズムに傾倒しやすい
  • 患者さんに主治医との関係を損ねたくない気持ちや遠慮がある
  • 日本は諸外国に比べて治療選択肢が多く、大部分の治療が保険診療内で受けられることもあり、治療選択が難しい

†肺がん、胃がん、肝がん、大腸がん、乳がん   監修:赤倉 功一郎 先生

 患者さんと主治医の関係に影響している社会事情の一つに、新型コロナウイルスをきっかけとしたオンライン診療の拡大があります。感染拡大地域ではオンラインで薬の処方を希望する患者さんもみられますが、前立腺がん患者さんは高齢でありオンライン診療へのアクセスが難しく、アクセス可能であってもLH-RH(黄体形成ホルモン放出ホルモン)製剤などの注射、各種検査や副作用のモニタリングなどオンライン診療ではできないこともあります。また、主治医は対面診療を通し、患者さんの歩き方や表情など会話以外から得ている情報も多いため、オンライン診療では質の低下が危惧されています。特にQOLは患者さんと医療者の間でギャップを生じやすいものであり、対面のコミュニケーションが必要です。

QOLに関する患者さんと医療者のコミュニケーションギャップ

● QOLは患者さんの主観に基づいて評価する

 QOLは本来、病気の有無を問わず、生きがいや信念、価値観なども含む広い概念で、中でも個人の健康状態に関連するものは健康関連QOLと呼ばれます( 図1)。QOLには多面的な要素が含まれ、それら要素は直接目に見えないため測ることはできませんが、計測可能な形にした評価尺度(QOL調査票)が数多く作られており、医療現場でも活用されています。

図1PRO(患者報告アウトカム)とQOL(生活の質)の関係

 QOLは個人の主観に基づくものであり、患者さんから直接得られた報告、すなわち「患者報告アウトカム(Patient-Reported Outcome:PRO)」によって評価をすることができます( 図1)。PROからわかる患者さんの症状は健康関連QOLに影響を与え、さらに、健康関連QOL自体が社会的な立場、個人の価値観、人生観などさまざまな要素により変化するため、医療者は健康関連QOLを評価する際にこの点を留意することが必要です。

●「患者さんの訴え」と「医師の評価」のギャップ

 健康関連QOLについて患者さんの訴えと医師の評価のギャップを調べた研究があります。1,366名の前立腺がん患者さんを対象とした海外の研究2)によると、倦怠感や痛み、性機能障害、排尿障害などの症状は、健康関連QOL調査票による患者さん自身の評価に比べると医師は過小評価する傾向にあることがわかりました。

 また、転移のない去勢抵抗性前立腺がん患者さん20名を対象とした国内の研究 3)では、QOLに関する患者さんの訴えのうち、既存のQOL調査票や医師の評価ではカバーできなかった項目があることがわかりました( 表2)。さらにこの研究では、健康関連QOLに影響を与える症状として痛みと排尿障害が多いこともわかり、多くは無症候性と考えられている転移のない前立腺がん患者さんであっても、健康関連QOLに影響する症状を感じている人がいることがうかがえます。

 一方、がん治療に伴う症状や全身状態に関する患者さんの評価を、診察時に医師にタイムリーに共有することがギャップの解消に役立つことを示唆する報告もあり4)、患者さんの訴えを共有することが重要と言えます。

表2 前立腺がん患者さんのQOLに関する訴えのうち、既存のQOL調査票や医師の評価ではカバーできなかった項目

健康関連QOLに影響する症状
  • やる気が出ない、だるさ/無気力を感じる
  • 下肢の症状(けいれん、しびれ、痛み、熱感)
  • 骨折、骨強度の低下
日常生活への影響(活動の制限)
  • 他者への依存
  • ライフスタイルの変化
  • 仕事やビジネス関係の喪失
  • 社交に対する躊躇
  • 移動の困難、旅行ができない、通勤の負担(公共交通機関)

西村和郎ら. 日本癌治療学会2020. WS 15-3.を参考に作成   監修:佐藤 威文 先生

● 患者さんが症状や訴えを医師に伝えられていない理由

 前立腺がん患者さんを対象としたアンケート調査では、価値感だけでなく、健康状態に関連する気になっている症状も共有されていなかったことや、症状に関する訴えが医師に伝えられていない理由も明らかになりました( 図2)。

図2 気になっている症状、価値観や生活で大事にしていることなどQOLに関する話を医師に伝えていない患者さんは多い

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[調査概要]

   法 :バイエル薬品によるWEBアンケート調査

   象 :前立腺がんで定期通院中かつ薬物療法経験のある50~85歳の男性200名

   間 :2020年10月27日~11月4日

調査目的 New normalにおける前立腺がん患者さんの療養生活・受診に関する実態を把握する

 患者さんが気になる症状の中には、性機能障害など言葉にしづらい話題もあります。また、ホルモン療法中の患者さんの中には、ばね指のような症状がみられるものの、医師に伝えてもなかなか理解してもらえないという声も聞かれます。先のアンケート調査(n=200)では、治療に対する意見や意向を「全て/大体伝えている(n=117)」患者さんでは、主治医とのコミュニケーションに対して満足している割合が73.5%と高い傾向にあり、患者さんから「伝える」ことの大切さがうかがえ、そのための支援も必要です。

 コミュニケーション支援に関して同アンケート調査(n=164)では 、気になる症状を医師に伝えやすくする方法として、診察前の待ち時間や自宅などで書き込めるような紙の症状チェックシート(35.4%)やスマートフォンアプリ(22.6%)を希望する回答や、毎回の診察時に主治医から気になる症状を尋ねてもらいたい(29.9%)などの回答がみられ、コミュニケーションのサポートを求める声が目立ちました。つまり、患者さんと医療者のギャップを解消するには、両者をつなぐための手段(ツール)や取り組み(対面での会話や多職種連携 など)が必要と考えられます( 図3)。

図3 患者さんと医療者のギャップを解消するために

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QOL向上のために患者さんと医療者のコミュニケーションを効果的に図るためのアイデア

 がん患者さんと医療者のコミュニケーションをサポートするツールの一つに、各都道府県が作っている患者さん用手帳(がん診療連携クリティカルパス)があります。ただ、前立腺がんについては全ての都道府県にあるわけではなく、自治体によって仕様もさまざまです。その中で熊本県のパスには、患者さんやご家族の想いを書く欄が設けられているので紹介します( 図4)。

図4 熊本県のがん診療連携クリティカルパス(抜粋)

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 サポートツールとして独自の問診票を活用している施設もあります。東京都の佐藤威文前立腺クリニックでは、数値化できる症状などは既存のQOL調査票で評価し、初診や予約外受診の患者さんには大きな自由記載欄を設けた問診票を活用しています。問診票を基に、看護師が医師の診察前に患者さんの訴えや想いをくみ上げて報告してくれることだけでなく、筆跡や筆圧、書き方などから患者さんの気持ちを推察できることなど、紙ならではのメリットがあります。また、診察中の患者さんは検査結果などが気になって症状やQOLのことまで話しが及ばないこともあるので、診察の最後に医師から患者さんに質問や伝えたいことを確認することも大切です。

 一方、こうしたサポートが十分に整っていない地域や医療機関でも、患者さん自身の工夫や働きかけで医療者とのコミュニケーションが深まった例もあります( 図5)。

図5 薬物療法に伴う健康関連QOLの変化をグラフ化し、がん相談支援センターと主治医に共有

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  • 痛みの程度や部位などが多様であることを医師へ伝えるのに苦慮した経験を踏まえ、痛みの種類や倦怠感などの変化を毎日グラフにして可視化
  • がん相談支援センターへの相談がきっかけで、診察時に伝えきれないことも含め、主治医との情報共有につながった
  • 記録に残すことで、主治医が代わった際も有効活用できた
  • 自己記録用として、PSA検査ごとに結果と医師の説明や自分が感じたことなどをメモし、気持ちの整理や振り返りに活用

ご提供:齋藤 浩哉 氏

 その他のアイデアとして、医療者が限られた診療時間内で患者さんのニーズに応えるには、QOLに関してサポートを必要としているかどうかを診察前に確認することも必要です。緩和ケア*で行われている苦痛の有無やつらさの程度などの聞き取りをよりシンプルな形で前立腺癌の診療でも導入するなど、QOLに影響する症状や想いなどを医療者に伝えたい患者さんに対して傾聴出来る仕組みをつくることは、医師の負担軽減にもつながり、働き方改革(タスク・シフト/シェア)†6)の観点からも急務です。また、診察前の待ち時間を利用して、患者さんが伝えたいことを記載・入力して診察時に医師に共有できる仕組みがあれば、診察の効率化にもなり、患者さんにとっても遠慮なく積極的に医師に想いを伝えるきっかけになると考えられます。

*がんと診断されたときから行う、身体的・精神的な苦痛を和らげるためのケア。
†医師の労働時間短縮に向け、医師以外の医療従事者がカバーできる業務などについて検討する国の取り組み。

座談会を終えて


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赤倉 功一郎 先生

医療者はどうしてもエビデンスが確立した評価尺度を偏重しがちで、ナラティブ*な視点が欠けやすい傾向にあります。だからこそ患者さんの想いを文章に記してもらうことや、対面のコミュニケーションで言葉にしづらいものを引き出していくことが重要です。その鍵となるのが多職種連携です。医師の働き方改革を進める上でも、がん相談支援センターやがん専門看護師など多職種が重層的に患者さんを支えていく体制づくりが必要であると実感しました。

*患者さんが語ること(経験、価値観・人生観、家庭環境、社会的立場、生活形態など、その人を取り巻くさまざまな要素が影響する)

齋藤 浩哉 氏

医療者の方々とのコミュニケーションでは、自分のがんをよく知ることと、症状と気持ちを記録することが重要だと感じています。緩和ケアやがん相談支援センターがもっと患者のそばにあり、そうした役割を担う方々に我々患者と医師との間に入っていただくことができれば、コミュニケーションが深まると思います。また、前立腺がんの認知度を上げるため、腺友倶楽部さん主催の“Mo-FESTA CANCER FORUM(男性がん総合フォーラム)”が乳がんのピンクリボンキャンペーンに匹敵するような活動になってほしいと願っています。

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佐藤 威文 先生

われわれ医師は健康関連QOLの測定結果が優れていれば良い状態だと思いがちですが、QOLは多様性に富むので、調査票などのツールだけで評価することには落とし穴があると改めて感じました。一つのツールで得られる情報の限界を知り、患者さんと直接会って話を傾聴し、くみ上げた内容をスタッフ全員と共有して患者さんを支援していくことが、患者さんの満足度や正しいQOL評価につながっていくのではないかと感じています。

武内 務 氏

患者会では、自身の症状を医師に伝えても、なかなか理解してもらえなかったという声も少なくありません。本座談会で話題となった、我々患者の症状や想いを医療者に伝えるため効果的なアイデアを、具体的なツールなどに形づくっていくことが必要であると感じました。また、患者さんのQOLに寄り添うことは患者会の役割の一つですが、コロナ禍で患者会活動にも影響がありました。例年開催していたMo-FESTA CANCER FORUMをオンライン配信に切り替えたところ全参加数は220名(オンライン視聴者207名)でしたが、会員の参加は4人に1人(約120名)程度にとどまり、オンラインの敷居の高さを感じました。一方で、対面とオンラインを組み合わせたハイブリッド形式の開催が実現でき、ノウハウがまた一つ増えたと感じています。

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宮崎 貴久子 先生

患者さんの待ち時間を利用したQOL評価は、今、少しずつ大きな病院などで取り入れようという動きがみられます。将来的にはスマートフォンやタブレットなどを活用して電子カルテと連携することができれば、診察時に医師との情報共有もしやすくなると期待しています。がん相談支援センターについては、玄関の受付の隣にカウンターを設置している病院もあり、こうした構造上の工夫も広がっていくことを願っています。

Take Home Message

QOLは直接目に見えないため、患者さんと医療者のコミュニケーションギャップが生じやすく、それを解消するための手段や取り組みが必要

患者さんと医療者のコミュニケーションをサポートするツールとして、既存の健康関連QOL調査票に加え、患者さんが気になる症状や想いを書き込める自由記入欄を設けた問診票などが有用

ツールだけに頼るのではなく、対面でのコミュニケーションも重視する

あらかじめQOLに関する介入希望の意思を診察前に聞き取り、希望者には医療者が傾聴するといった段階的な流れを作るのが望ましい

QOL向上のための介入には多職種連携が不可欠である

患者さんが自身の想いを医療者へ積極的に伝えることが重要なことが再確認された

今後の 課題と展望

QOLに関する患者さんと医療者のコミュニケーションギャップを解消するためには、患者さんが想いを伝え、医療者から適切なサポートが提供される仕組みが必要です。健康関連QOL調査票やそれを補う問診票などの活用、対面での観察や傾聴はいずれも有用な手段ですが、医師がその役割の全てを担うのは現実的ではなく、効果的な運用方法を考えることも必要です。その一つが多職種での協働です。医師の働き方改革やタスク/シフト・シェアの観点からはもちろん、患者さんにとっても主治医以外に相談できる医療者が増えれば、医師への橋渡しとなるだけでなく、別の視点からの気づきや助言を受けられる可能性も広がります。その最初の一歩は支援を必要としていることを患者さんが医療者に伝えることから始まります。患者さんは自分の周りにどのような医療者がいて、どんな支援窓口があるのかを知ること、医療者は支援を必要とする患者さんに積極的に介入し、役割分担しながら支えていくことが、がん患者さんのQOL向上を目指す上での重要課題です。

参考文献