2022年8月6日オンライン開催 共催セミナー
去勢抵抗性前立腺がん治療中のQOLと
骨転移への早期対応の重要性について

認定NPO法人キャンサーネットジャパン主催
ジャパンキャンサーフォーラム(JCF)2022
バイエル共催セッション
「去勢抵抗性前立腺がん治療中のQOLと骨転移への早期対応の重要性について」
講演:北村 寛 先生
富山大学 学術研究部医学系 腎泌尿器科学 教授
前立腺がんは60代以降で罹患率が高く、前立腺特異抗原(PSA)検査などによる早期発見が重要です。前立腺がんではホルモン療法が有効ですが、治療を継続していくうちに去勢抵抗性前立腺がん(CRPC:シーアールピーシー)となり、がんが再燃することで骨転移や骨粗鬆症による痛みなどから生活の質(QOL)の低下につながることがあります。CRPCとその骨転移に早期に対応してQOLを維持するためには、検査ではわからない些細な症状や不安を我慢せずに主治医に伝えることが大切です。
前立腺がんには50代から注意が必要で、PSA検査などによる早期発見が重要です
日本における前立腺がん罹患者は2018年で約92,021例と男性のがんの中で第1位であり、30年前に比べて約16倍と年々増加を続けています1)。前立腺がんの5年相対生存率は99. 1%(2009~2011年)とがんの中では高いものの、2019年の死亡者数は12,544人であり、楽観視はできません。
前立腺がんの罹患率は60歳ごろから顕著に高く推移しており1)、増加がみられる50代から注意が必要になります。罹患率には人種差があり、アフリカ系アメリカ人の4人に1人に比べて日本人は11人に1人と低いものの、白人の8人に1人に迫るほど増加しており2)、食生活の欧米化の関与が指摘されています3)。また、父子兄弟に前立腺がんの経験者がいる場合、その発症リスクは2.4~5.6倍と高くなります3)。
前立腺がんの早期発見には前立腺特異抗原(PSA)検査が重要です。PSAは前立腺の細胞が精液中に分泌する酵素で、がんや炎症により前立腺の組織構造が破壊されると、通常は血液中にごくわずかしか検出されないはずのPSAが高値となるため前立腺がんの発見に有効とされます。他の診断法としては、直腸診や経直腸エコー、前立腺生検があり、がんの広がりや骨などへの転移の有無については、MRIやCT、骨シンチグラフィによる画像検査も用いられます。
去勢抵抗性前立腺がん(CRPC)とは
前立腺がんの増殖メカニズムを説明します。まず、男性ホルモン(アンドロゲン)の9割以上を占めるテストステロンが精巣から分泌され、がん細胞に取り込まれます。テストステロンは、細胞内の5α還元酵素の働きでジヒドロテストステロンに変換され、アンドロゲン受容体と結合します。この結合体が核内に移行してDNAに結合し、がん細胞の増殖に関わるタンパク質を合成することで、がんが増殖していきます。
がんの増殖につながるテストステロンを体内から取り除くことがホルモン療法であり、精巣からのテストステロン産生を抑制することを去勢といいます。以前は両方の睾丸を切除する外科的去勢術が一般的でしたが、近年ではGn-RHアゴニストやGn-RHアンタゴニストの定期的な注射で人工的に去勢状態を得ることができ、アンドロゲン除去療法(ADT)と呼ばれます。しかし、ホルモン療法後に前立腺がんが再燃してしまうことがありこれをCRPCと呼びます。
CRPCの発症メカニズムははっきりとわかっていませんが、ホルモン療法を続けていくうちに、ホルモン療法が効きにくいがん細胞だけが生き残って増殖を続け、やがてCRPCの状態になると考えられています。前立腺癌取扱い規約では、CRPCを「男性ホルモンを抑える治療が行われ、血液中の血清テストステロンの値が50ng/dL未満と非常に低いにもかかわらず、画像上の進行を認めたり、腫瘍マーカーであるPSAの値が上昇している状態」と定義しています4)、初回のがん発見時には転移がない前立腺がん患者さんの経過を示した一例です(図1)5)。手術や放射線治療などの局所療法によってPSA値が低下し、その後PSA値がまた上がってきたところでホルモン療法が行われると、PSA値は再度低下して症状なく安定した状態が得られます。しかし、がんが去勢抵抗性に変化すると、治療を継続しているにも関わらずPSA値が次第に上がり、転移がみられるようになります。そこで、CRPCとしての治療が行われます。CRPCでは転移の割合が増え、症状を来し、がんで亡くなる方の割合も増える傾向があります。そのためCRPCになったときの症状や生活の変化は重要であり、自覚できる症状や心掛けるべきことはないかを患者さんも気にされていることと思います。
図1前立腺がん患者さんの経過イメージ図

※この経過は模式的なものであり全ての患者さんが同じ経過をたどるわけではありません
Park JC and Eisenberger MA. Mayo Clin Proc. 2015; 90: 1719-1733. より改変
CRPCの骨転移について
前立腺がん患者さんとそのご家族を対象としたアンケート調査によると、治療に関して不安に思っていることの第1位は、がんの転移でした6)。前立腺がんの転移部位は骨が最も多く、肋骨、脊椎、骨盤、大腿骨が好発部位です。海外の報告によれば、CRPCになってから2年以内に骨に転移する割合は約3割であり(図2)7)、標準的な治療を受けていたとしても、CRPCになると患者さんの3人に1人で2年以内の骨転移がみられる可能性があることが明らかになりました。また、骨に限らず他の臓器や部位に転移のあるCRPC患者さんのうち90%は骨転移であり(図2)8)、CRPCでは骨転移が多いことが示されています。骨転移の診断には、血中腫瘍マーカーのPSA、骨代謝マーカーのALP、BAP、NTx、1CTPなどの血液および尿検査や、骨シンチグラフィなどの画像検査が用いられます。また、その治療には破骨細胞を標的とした骨修飾薬や骨折を予防・治療する外科的処置、除痛目的の放射線療法、鎮痛薬による薬物療法などがあります。
図2CRPCの骨転移の割合[海外]
![ジャパンキャンサーフォーラム(JCF)2022|図2 CRPCの骨転移の割合[海外]](/sites/g/files/vrxlpx11551/files/2022-09/zenritsusengan_20220806-online_fig2.png)
7)Hong JH, et al. Korean J. Urol. 2014; 55: 153‒60. より作図
8)Hotte SJ, et al. Curr. Oncol. 2010; 17: S72‒9. より作図
9)Akakura K, et al. Future Oncol. 2021; 17: 5103-18. より改変
骨転移や副作用に早期対応するためには小さな違和感を見逃さないことが大切です
骨のケアは、CRPCの骨転移だけでなく、ホルモン療法による副作用の観点からも重要です。前立腺がんのホルモン療法はアンドロゲンを低下させるため、様々な身体機能の低下や合併症を引き起こす可能性があり、特に骨密度の低下が起こることが知られています。前立腺がんでは骨転移の影響で骨折することは少ないものの、加齢に加え、ホルモン療法により骨粗鬆症となることで、脊椎の圧迫骨折や大腿骨転子部などの病的骨折が起こるおそれがあります。骨転移で最も問題となるのは生活の質(QOL)の低下です。QOLに影響を及ぼす症状としては、痛み、脊髄圧迫による手足のしびれや麻痺、病的骨折、高カルシウム血症(食欲不振、吐き気、倦怠感、多尿、意識障害など)などが起こり得ます。ホルモン療法の副作用の初期症状である痛みやしびれは、骨折などの痛みとは異なり、違和感程度であることから、発見は非常に困難です。近年発表された国内の研究によると、骨転移のあるCRPC患者さんが骨転移の前後に経験した具体的な症状は痛みや疲労が多く、骨転移後は骨に関連する症状を2割以上の方が訴えていたことが報告されています(図3)9)。がんの進行や症状を抑えるためには、小さな違和感でも遠慮せずに医師に伝えて、早期から適切な治療を受けることが大切です。
図3骨転移のあるCRPC患者さんが骨転移の前後で経験した主な症状とその頻度
(患者さんのうち18%以上から報告された症状)

9)Akakura K, et al. Future Oncol. 2021; 17: 5103-5118. より改変
最適な治療選択やQOL向上のためにも、主治医に症状を正確に伝えましょう
病勢の進行は検査で知ることができますが、患者さんの生活の変化やQOLに関わることは、患者さんやご家族からの情報が頼みの綱です。特に、QOLと直結する痛みに関する情報は重要で、鎮痛薬による治療では、痛みの程度に応じて薬剤の調整が行われます。例えば、鈍痛やぴりぴりとした痛みは神経痛を表すので処方薬が変わり、常に痛いのか、何かしたときだけ痛いのか、ある特定の時間帯だけ痛いのかによっても処方の内容が変わります。痛みの程度や場所、どのような痛みか、いつ痛むのか、正確に表現して説明できる表現力を培うことが、適切な治療につながります。痛み以外にも、便秘、吐き気、眠気、もの忘れ、排尿障害などの症状や、日常生活で困っていること、食欲や睡眠、活動性なども治療に関わる情報として重要です。
気になる症状だけでなくQOLに関わることも遠慮なく医師にご相談ください
QOLは治療や療養生活を送る患者さんの肉体的、精神的、社会的、経済的、すべてを含めた生活の質を意味します。病気による症状や治療の副作用などによって、治療前と同じようには生活できなくなることがあることから治療選択においては、その効果だけでなく患者さんが自分らしく納得のいくQOLを維持できるのか考慮することも大切です。しかし、比較的若い患者さんは、QOLに影響を及ぼす気になる症状を医師に伝えることを躊躇する可能性があると患者さんへのアンケート調査から示されています10)。また、7割近い患者さんが主治医にQOLを気にしてもらいたいと感じているのに対し、実際にQOLについて主治医と話し合ったことがある患者さんは約2割と少ないことが明らかになっています(図4)10)。同アンケート調査では、実際に話し合えた患者さんの8割以上が医師から助言や提案を受けられたと回答しており10)、CRPCの治療においても良好な関係を築くとともに、患者さんと医師の双方の立場からもっと積極的にQOLについて話し合うことが大切だと考えられます。
図4アンケートによる前立腺がん患者さんの意識調査

[調査概要]
対象:前立腺がんの確定診断を受けて前立腺がん治療のため定期的に通院している50歳~79歳の日本人男性400名
方法:インターネットによるアンケート調査
10)バイエル薬品株式会社 インターネット調査2018年8月
まとめ
がん患者さんはしばしば転移に対する不安を抱えていますが、CRPCでは骨転移が起こることが少なくなく、また骨転移や骨量低下によるQOLへの影響の点からも骨のケアが重要です。CRPCの治療では、患者さんにしかわからない些細な違和感などの症状をいかに早い段階で医師と共有できるかがカギになります。我慢しても良いことは一つもないので、早期の対応とQOLの向上のためにも主治医をはじめとした医療従事者にどんな些細なことでも密にコミュニケーションをとりましょう。
Japan Cancer Forum(ジャパンキャンサーフォーラム)とは
認定NPO法人キャンサーネットジャパンは、2013年より年に1回、がん患者・家族をはじめ、がんに関わるすべての人に送る日本最大級のがん医療フォーラムとして開催しています。2019年までは東京の会場で開催していましたが、2020年よりオンラインでの開催となりました。日々進歩する各種がんの最新情報やそのときどきで話題となっているがん医療のテーマを取り上げ、患者・家族、一般市民ががんを「知り」「学び」「集い」、勇気・希望が持てるフォーラムとすること、ひいては、がん対策推進基本計画にもある「がん患者を含めた国民が、がんを知り、がんの克服を目指す。」の実現に資することを目的としています。
参考文献
- 国立がん研究センターがん情報サービス「がん登録・統計」(全国がん登録) Return to content
- Lloyd T, et al. BMC Med. 2015; 13: 171. Return to content
- 日本泌尿器科学会編. 前立腺癌診療ガイドライン2016. メディカルレビュー社. 2016: p14. Return to content
- 日本泌尿器科学会, 日本病理学会, 日本医学放射線学会. 前立腺癌取扱い規約 第5版. 金原出版. 2022; p107-108. Return to content
- Park JC and Eisenberger MA. Mayo Clin Proc. 2015; 90: 1719-1733. Return to content
- バイエル薬品株式会社 前立腺がん患者さんと家族の情報共有に関する意識調査. 2017年12月 Return to content
- Hong JH, et al. Korean J. Urol. 2014; 55: 153‒160. Return to content
- Hotte SJ, et al. Curr. Oncol. 2010; 17: S72‒79. Return to content
- Akakura K, et al. Future Oncol. 2021; 17: 5103-5118. Return to content
- バイエル薬品株式会社 インターネット調査. 2018年8月 Return to content